テニスの起源(日本編)
日本のテニス発祥の地
日本テニス発祥の地は横浜にあります。横浜の名所「港の見える丘」公園より歩いて10分位の
山手公園の一角に、今はテニス発祥の地記念館と7面のクレーコートとして面影を残しています。
っていう事で、横浜の山手公園が日本のテニスの発祥の地という事です!
現在はYITC(Yokohama International Tennis Community)として存続していて、外国人及び横浜
在住者がメンバーとなっています。
日本にテニスが伝わるまでの経緯
日本が横浜を世界に向けての外交、貿易の窓口として開港したのは1859年(安政6年)の
ことでした。1870年、居留地に住む英国人はじめその他の外国人が、本牧山妙香寺の土地に
日本初の西洋式山手公園を開設しました。1876年(明治9年)にはローンテニスが横浜に上陸し
山手公園でプレーされました。これが、日本初のテニスです。
ただし、日本で始められたテニスは山手居留地の外国人だけのスポーツであり、しかもその大半が
女性でした。
当時の婦人のテニス姿は、頭にボンネット、ロングスカートに長手袋で、テニスには不自由な
ものでした。
その後、徐々に広がっていき現在はいろんな所でテニスを楽しむことができるようになりました。
◆ローンテニスとは??
イギリスのウィングフィールド少佐という人が屋外でできる新しいラケット・ゲームとしてラケットと
ネットとボールとそのルールをセットにした遊びを発明。(近代テニスの始まり)
このゲームの特徴が芝生(=ローン)をコートとして使用したことからローン・テニスという名前を
付けました。
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テニスの始まり
日本のテニス
日本にテニスが入ってきたのは外国人居留地であり、日本人が本格的にテニスを始めるには
まだまだ時間が必要でした。
1890年(明治23年)三田土ゴムの技師が高等師範学校の依頼で、初めてテニス用のゴム・ボールを
作りました。これによって、日本人の間では硬式テニスより先に軟式テニスが普及しました。
その後、1913年(大正2年)に慶応が正式に硬式テニスを採用し、日本人の間に硬式テニスが
普及するきっかけとなりました。
現在では硬式テニスの方がメジャーですよね。
日本におけるテニスは、伝来後まもなくゴム球を用いるようになり、徐々に本来の国際的なルールとは
異なる日本独自のテニスのルールが形成されていきました。もちろん、本来の硬球を用いたテニスも
日本で行われていたことは事実ではありますが、それらは居留外国人や一握りの上流階級の人々
による活動に限られていました。
スポーツの国際化という社会的背景のもと、大正9年、相次いで主要な学校の庭球部が硬球を採用
しました。そして現在に至るまで、ソフトテニスと硬式テニスがそれぞれの発展の道を歩み続けている
のです。
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マメ知識
ポイントの数え方
テニスのポイントの数え方は独特です。ポイントがないことを「ラブ」といいますが、これは、数字の
0の形状が卵に似ていることから、酒落気の多いフランス人がフランス語で「Oveff」(卵)と言って
いたことに始まります。フランスからテニスを輸入したとき、洒落を真に受け、しかも誤って「ラブ」と
聞き間違えたことから「ラブ」となったそうです。
洒落を真に受けるなんて、そうとう頭の硬い持ち主ですよねぇ〜!その上、誤って聞き間違える
なんて、もうフォローのしようがないです・・・
なぜテニスボールには毛が生えているのか??
テニスボールの起源は古代エジプトの王が人間の頭の形のものを使って競技をさせたのが
ボールの始まりであると言われているようです。
当初は石畳のコートで行っていたのですが、やがて芝生のコートでやるようになり、現在の様な
ゴム製のボールになったと思われています。(芝生のコートでは最初2バウンドまでOKでした。
弾まないので・・・)
これが英国にテニス協会が出来た1800年代前半の頃であり、その頃流行していたビリヤードの
フェルトをゴムの外につけて毛皮のボールを表現したのではないかと思われます。
当時の人はどうしてフェルトをくっつけようと思ったのでしょう??別にボールに毛が生えていなくても
よくないですかぁ!?
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